写真家 永坂嘉光       大阪芸術大学教授
by Ynaggie
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31
1948年、和歌山県高野山生れ。大阪芸術大学芸術学部卒業。1970年頃から故郷高野山をライフワークに撮影をはじめ、宗教と文化をテーマに日本各地やインド、ブータン、スリランカなどアジア各国を取材する。現在、大阪芸術大学写真学科教授。主な写真集に『高野山』(毎日新聞社、1980)、『弘法大師の足跡』(同朋舎、1984)、『高野山千年』(ぎょうせい、1989)、『永遠の宇宙 高野山』(小学館、2001)などがあり、とんぼの本シリーズにも『巡礼高野山』(1990)がある。2002年、東京写真文化館で個展「永遠の宇宙」、同年、アメリカ、ウェストン・ギャラリーで個展「Echoes of the Spirit」を開催。2004年、日本写真芸術学会芸術賞受賞。2007年、社団法人日本写真協会作家賞受賞。
検索
<   2009年 05月 ( 6 )   > この月の画像一覧
露出
今日は薬師12人将12x2ー24体ぼ撮影にかかった。1000年は
経過していると思われるー仏体である。
金堂内陣に安置されているが、外からの自然光があり、室内では
ストロボで写すのですが、そこに自然の光が入る。
気功等されている方は、自然光はエネルギーがあるから、いい、いい、
と、言うが、撮影者としては、その光を計る露出メーターが造られてい
ないので、フイルムにどう写るかのー計算はでない、たとえ一時は
計算出来ても、自然光は明るく成ったり、暗くなったりで、
正確な値はでない。私は2回ストロボ発光させて、2分間と1分間の
露光をした。果たして美しくうつるかどうか=明日からの楽しみである、。
[PR]
by Ynaggie | 2009-05-26 00:18 | Diary
8x10秘仏撮影
空海が帰国後、始めて入山された、京北の高尾山ー神護寺の長い間
秘仏であった空海像、本年秋には空海入山1200年記とあって、
長い長い時空を得て開帳される、私はこの機会に撮影を
特別にお願いしていましたが、本日無事に大型で
撮影の運びとなった。私が得意とするマゼンタ色の表現も試みた。
明日から、現像ー。matue,matuo,氏のお手伝いもあり、
夕方4時には終わった。
ポラドイドが販売していない、デジタルのEos5-マーク2を
購入して、ポラの代わりに使用したが、やはり本者ポラとは違う。
[PR]
by Ynaggie | 2009-05-21 23:18 | Diary
フランス
本日は土曜日出勤―(暗室開放の日)で大学に出た
8x10の白黒フイルム現像をやって見た。
40枚の中から、4x5 の吉野の桜が1作品ーいいのが
あった。現像時間等、なんや、かんやと、6時間はアット
言う間であった。
今頃デジタル撮影に主旨をおくのは
ーもう遅れているー。
今なら、8x10フイルムの大型で撮影するべし、
大型フイルムの作品は、ますます貴重品になるよー。
上昇します。
あーそうーフランスでは1980年代撮影の私の
白黒作品が、、いい、いいと言っているらしい。
[PR]
by Ynaggie | 2009-05-16 22:48 | Diary
様々
5/10は奈良で講演会5/11は高野山で複製の為の撮影と後藤さんが
空海像の開眼供養の代行で来山され、5/12の朝6時からのお勤めで開眼
供養をされた。その後私は和歌山の西本カメラが花菱のウインドーのやり直し
大きな私の作品を(畳2畳)設置しているが、それを外さないと作業が出来ない
なんとか出来た、午後は心斎橋のホテルで(写真館ホテルに改装)作品展示の
会談と作業であった。巨匠アンセル、アダムスの大きな作品と
私の作品を80作品展示する。
5/11、12は夏みたいな日であった。
いつも撮影する石楠花の大きな花は
つぼみがあると思えば、もう咲き終わリ、枯れている花も
これは、急に暖かくなったせいでもある、
ゆっくり暖かくならないと、美しくならない。
今年の石楠花の花を撮影する気になれない。残念ー。
疲れているのか、やはり写す気持ちになれない。
[PR]
by Ynaggie | 2009-05-13 22:05 | Diary
儀式
バリの続き、
僕は海外に行くと、7割は知り合いに会っている計算になる。
スリランカの場合は1年先輩の吉野さんと言う『日本の富士山』
と言われる山をすべてを写した先輩。いつもエアポートですれ違う。
4回は申し合わせた様にあいました。
NYではOBの伊藤君だった。
今回のバリは、槙の助君と、S真希さんと、陳平君が波乗りをしていて(2年前の卒業生)
ワヤンの友人も合った、
さて、儀式を受ける本人はバリで40度の熱を出し続けて、
儀式の当日、首都まで行き緊急手術でした。今も入院のままで
ある。脇役が儀式を受ける様になりました。
しかし、儀式を写しに行くと、豚の皮を切って訪れた方に振る舞うのであるが、
私もそれを食べなさいと振る舞われたー3枚頂いたが、1枚にして頂き、少し頂くと
皮はうまいが、そこについている白いものは、さすが油の固まりである、
胃腸が悪いので半分は槙の助君に頂いてもらいました。
槙の助はバリでは、やや有名である。運転免許ないのに、バイク70Kのスピードで
運転しているーバリは免許はいらないーのである。(登録のお金のみです)
丸刈りの頭も最近は長髪にしていた。まだまだバリで頑張るらしい。
私、本日は高野山で人が仏と縁が結べる、。結縁灌頂の庭儀曼荼羅供を
撮影をしました。新しい作品が写せたとー勝手に思っている。
しかし、参拝者の少ない事と感じました。
 いつも経験している人数の半分でした。
高野山は外国人が多くなっているが、日本の方がもっと高野山に来山されないと
いつかは外国人が少なくなると懸念しています。
[PR]
by Ynaggie | 2009-05-03 21:56 | Diary
儀式
27日バリに着く、翌日空港から、2時間儀式のある村へ
ここの村は3日に一度は儀式であると思う程であった。
近所の方々が朝5−6時から集まり、食事の準備をするー
と、書けば、あーそう、と日本を中心に連想するであろうが、
ここは、違う。自作自農が続いている村です
まず、朝は鶏の原始的な(放し飼い)鳴き声が目覚ましであるがー
ここで卵(玉子)を産む。
祭りには豚が捧げられる、飼っている豚を捧げるのである、
私は遠くでギヤーと言う何か凄い豚の声?がした様に聞こえた
河の近くに行くと豚が焼かれ始める所でした。
朝に聞いた声は?殺される豚の声? それからお湯につけて毛をむしってから
焼くのに3時間はかけていたが5−6名の方が交代で焼いていた。
仏様に捧げるのでむらなく、焦げ茶色に焼かなくてはいけないが、
見事に美しく焼けていた。
槙の助が来て、ウワー豚の殺されるの写したかったーと言うが、
命のなくなる時は見ない方がいい、死んだ豚の魂が取りつくから?
やっと、食事の準備が出来たー。
後は儀式が始まるのを待つだけである。決めらえた時間はないが
遅れると迷惑になる。
[PR]
by Ynaggie | 2009-05-03 00:00 | Diary


ライフログ
カテゴリ
以前の記事
最新のトラックバック
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧