写真家 永坂嘉光       大阪芸術大学教授
by Ynaggie
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1948年、和歌山県高野山生れ。大阪芸術大学芸術学部卒業。1970年頃から故郷高野山をライフワークに撮影をはじめ、宗教と文化をテーマに日本各地やインド、ブータン、スリランカなどアジア各国を取材する。現在、大阪芸術大学写真学科教授。主な写真集に『高野山』(毎日新聞社、1980)、『弘法大師の足跡』(同朋舎、1984)、『高野山千年』(ぎょうせい、1989)、『永遠の宇宙 高野山』(小学館、2001)などがあり、とんぼの本シリーズにも『巡礼高野山』(1990)がある。2002年、東京写真文化館で個展「永遠の宇宙」、同年、アメリカ、ウェストン・ギャラリーで個展「Echoes of the Spirit」を開催。2004年、日本写真芸術学会芸術賞受賞。2007年、社団法人日本写真協会作家賞受賞。
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ニコンのウェブギャラリー
私は主に4X5カメラを使用するので、ニコンカメラとは
1987年(東京−大阪ニコンサロンでの個展)以来ーしばらく
縁がなかったのですが、この度、ニコンで撮影した作品
『密教の色彩と光』で、ニコンのウェブギャラリー於・
5作品掲載致します。御高覧下さい。
この作品の一部は奈良市写真美術館で大型作品として展示しています。
9月30日まで開催中。8/3と8/109/15日は、学者の講演
会と私のギャラィートークです。
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by Ynaggie | 2007-07-25 23:12 | Diary
トークショー
7/22日
今日は高野山大学教授で高野山の歴史研究では定評のある、
山陰加春夫先生が講演し、会場は満席で、東京、大阪の著名出版
社の方々の参加もあった。長い間地道な研究は最近注目を浴びている。
講演の中で声が澄んでいて、私と同じ高野山生まれの独特の感が、
私はアート、氏は学術でそれぞれの分野が違うが土地カンは共有する
ものを感じた。(安心感)
お蔭様で、私の写真説明会も、あの大きな美術館の私の作品展示場
が満杯になりました。(写真展示数が多いので)
しかし、講演会に出られた方々が来られましたので、学術的な説明
とは違うので、来場者の方々に話す方向性をつかめなかったので、
難しいと感じました。  
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by Ynaggie | 2007-07-22 23:32 | Diary
天川
本日は天川弁財天(日本で最古の弁天)の大祭
NYからも参拝に来ていた。ここは芸術の神様であるので
世界から注目されている不思議な所。護摩が終わると
総檜造りの億円もかかった舞台で、 能楽や最古のフラ
ダンスの奉納があった。
 朝.昼、夕と食事なしでいると、快調であった。
年をとると消化酵素が少ないので、多く食べると体を
壊すらしいが、それがわかった。(弁天様のお蔭)
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by Ynaggie | 2007-07-17 23:47 | Diary
大阪芸大写真・奈良市写真美術館
今日は台風の影響が心配されたが、
朝に台風は関東へ向かった。、
大学のキャンバス見学会は実施されたので大学へ向かった。
今回の聖なる山々の写真展に協力して、吉野山.金峰山寺の総長
自ら講演をしていただく日も本日であった。
同じ日であった。本当は行かないとダメであるが、残念であった。
それよりも、雨風の影響で参加人数が心配であった。
少ないを覚悟していたが
40名余りの参加でホットしたのであった。良かったと連格あった。
さて、芸大の写真学科の見学会は残念ながら、風の影響を受けてしまったが
雨風をしのいで、熱心な方の参加があり良かった。

7/22は奈良市写真美術館において、高野山史の研究家(教授)の講演会
と私の写真のトークショーを致します。
ふるって御参加下さい。
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by Ynaggie | 2007-07-16 01:14 | Diary
国際交流、エルンスト、ハース追悼ワークショプ
エルンスト、ハ−ス追悼のワークショプが開催された。
午後、12時30分高野山に着く。米、テキサス州からの一行14名は
、奥の院への道へのパーキングのある、永坂写真館(はちよう経営)で
昼をすませその後、奥の院への撮影に向かった。
小雨が500年以上経過した、古い墓石の苔を生き生きさせていた。
アーサ−、マイヨソン氏は素晴らしい光だ、と皆に言いながら、しきりに
降る雨の中を撮影に夢中であった。
私とゼミ学生は近くでラーメンをすすり、再び彼等が泊まる三宝院に向かった。
夜はデーターで撮影した、作品研究会を各自が米から持ち込んみ、パソコン上で
の作品研究会でした。造形的で素晴らしい作品ばかりでした。
 次の日の朝は、案内外人ボランティアのクルドさんが遅れて金剛峰山に来られた。
単車でゼミ学生が着いた。いつも高野山は通過していたが、今日は始めて
高野山を撮影すると言う。
大雨が降った。2人は奥の院の大杉の中で、ずぶぬれ、
三宝院に行き、合流した。今日は寺院で夕食をいただいた。(無料で喜んだ)
さて、大雨であったが、7時に伽藍に向かった。
ゼミ学生も美味しい夕食をいただいたので、意気揚々と撮影に向かった。
皆様、凄く好いのが撮れていた。
スズキ君(20才は)雨の中であったが、僕は単車運転のプロですと、
言いながら、21時頃大阪へ単車を飛ばして帰った。/
それから、作品研究会ー平均年齢57才と言うグループであるが、
みなさん、すごい体力と気力であった。
素晴らしく造形力のある作品であった。
明日は熊野に向かうと言う。
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by Ynaggie | 2007-07-13 21:58 | Diary
国際交流
カラー写真芸術の巨匠、エルンスト、ハースを偲んでの国際交流
のワークショプが明日開催。 ハースの日本の足跡を偲び米国の
プロ写真家やイタリアの写真愛好家等参加。撮影会や作品交流会が開催。
明日は永坂ゼミ 4回生が参加。
あさっては3回生。14日は熊野の那智の火祭りに参加する。
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by Ynaggie | 2007-07-10 22:18 | Diary
os.10
10年前購入のパワーブック ついに壊れ、近く。os.10 のパソコン に変更します。
以後宜しく。
米国から、アーサー、マイヨソン(作家)一行が、奈良市写真美術館に来館予定。
あさって、高野山来山(ワークショプ開催)14日は熊野那智へ(火祭り)向かう。
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by Ynaggie | 2007-07-10 00:01 | Diary
吉野,蓮の花
7月7日
蓮華会.蛙とび神事があった。
朝、金峰山寺につくと、腕章をいただいて
撮影準備,3人のゼミ学生も来た、午後一時から
中千本の竹林院から、蛙をのせた、蛙以外の子供
達も2ー3名は載っている。その、こしを約20名の
青年がかつぎ、あの急坂をおりる(吉野山の坂はきつい)
蓮華と共に蔵王堂に至るのである。
一番命がけは、この輿を担ぐ若者、平らな路で無く
急坂ばかり、息があわなかったりバランスをくずしたら
大変である。
町の路は狭いし大きい輿が民家にぶち当たらないか
心配、またその狭い路の側にある寺院に入る。大変です。
さすが、役行者ゆかりの吉野の若者、気力で蛙を蔵王堂まで
運び込んだ。そして行事が始まった。
曇っていたので、暑くなかった。夕刻行事や護摩が終わると
天川へ向かった。7/7の神事がない、くたくたの学生も
静寂あふれる天川で一息ついた様である。灯籠流しは8月だ、
7/7は旧暦であった。静かなはずであった。
残念。クタクタの学生のひとりはバイクで時速,100K?も
飛ばして夜中12時からの、アルバイトに間に会わせる為に帰宅。

朝から何も食べていないと、皆で食堂を探したが、夜8時以降は
ほとんど、閉店であった。この日は、撮影運動と、絶食でしたが
飽食時代であるから、たまに絶食は体にいいと−言う事にした。
大学の先生が石がお腹にたまる、病気になったので、食べない方が
いいよーと、絶食はー天が与えてくれた機会ですとー・?
水は自動販売器があったので良かった。
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by Ynaggie | 2007-07-08 10:08 | Diary
高野山の翁
今日は、高野山の翁、?? 先生の車とであい、私がバックした。
いつもは、グレーの車であるが、今日はブルー(台車)かなート思った。
もう、84才過ぎているがこれから沢山本を出さなくてはと張り切っている。、
元気でございました。
後は高野山の出来事をもう40年以上毎日書き続けてきた、師の
所へいった。高野山の出来事、僧侶の遷化等、明治時代から、びっしり
書き続けられている。マスコミには一切でないと、言うより、マスコミが
しらない、高野山に100才以上の大僧侶がいる事も教えて頂き、小学館の
サライの特集になった。高野山の規則。山規を慎んで厳守している方である。
さて、
高野山の伽藍は壇上伽藍と言う、これを皆様 高い壇にあるから
と思っているであろうが、これを解きあかす、講演会が8月3日に
奈良市写真美術館で開催される。
曼荼羅の壇であって、壇場伽藍と書くのが正解とか、
すると、今まで、朝日、講談、小学館から出された本は
壇上伽藍と書かれている、これは、意味をしらないからであると氏は言う。
是非、編集専門の方々壇場伽藍の真髄をお聞き下さい。
 
 今まで書かれた書の壇上伽藍を、壇場伽藍と訂正をださないとー
と成るかも知れない、重要な講演です。
8月3日の講演次第では、今後の明記が気になる所
です。民族学見地と、密教学見地と、意味合いが違いますので、
字まで違って来ます。
上ーを場に変更か。

芸術作品を扱う町は、人の権利を大切にする。
得に写真は簡単に思っている。簡単に写した写真でも商売にしている方が
多いし、また、それを見分ける方がいないのです。
伝統文化が繁栄の町でもある。写真は主に報道、記録の面の認識がある。
複製に許可がいる事は知らない方が多かったが、最近は違う様になった。
と、言うのは私の写真でもコンピュターで細工して使いわからない様にしている
外部の業者が制作し、納品するのである。
昨年、日本を代表する印刷会社がそれをした。和解した。
本年も他の業者でそれが、発覚した。これから交渉である。
犯罪が多くなった現代だからでも、ない様である。
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by Ynaggie | 2007-07-03 00:45 | Diary
広報
高野山の今は、残り咲きの五月があるが、余り美しく無い時期
そろそろ、紫陽花が咲く頃です。
高野山の作品展示場をしばらく、ほっておいたので、久しぶり
行ってみた、奈良市写真美術館のポスターをちゃんと貼って下さっていた。
そろそろ、高野山展示場もちやんとしないと、
高野山は電柱も地下埋設し、電線が見えない、美しい町になった。
住民が毎日家の前を掃除するので、ゴミがない。
私達が幼い頃、馬車が走っていて、馬糞を路や川に流すから、臭かった
時とは大違いになった。世界遺産指定されて、随分美しくなった。
以前、米国のカーメルの町の話をした事がある。
米国n0-1の美しく、治安が日本より良い町。西海岸カーメル、
あの、竹久夢二が始めて海外で個展をした町。
今、高野山は美しさはその町に近くなった。
今度はアートであると思う。カーメルは文豪、音楽家、写真家等の著明
人が住み、芸術作品の販売、展示のストアが並んでいる。
高野山の近くに住んでいた方が、この町に住みモータースを開業して
日本での借金地獄であったのを、全部返済し、今は工芸家として焼き物
を制作している。
『キヨシさんである。秘訣を教えて頂いた/それは、米国人は休みが
多い。僕は日本にいる時と同じく休み無しで働いたーただそれだけです。
休暇が多い地で、休み無しで働くーこれが、成功の秘訣だーと。
高野山が、昔からのお札、数珠、お守りのお店から、今度は芸術品を
売る店ができる事がそれを求める方々が来山するし、
芸術作品のオークションの会場でもやれば、それなりの方々は来山するであろう。
10億円の絵画、1千万の写真、のオークション会場があると言うだけですごい。
1千年前の仏画等、保存の芸術でなく、現代の生きた芸術を扱う
世界なのである。
高野山にはあの狭い地に、何百兆円もするであろう、伝統芸術(絵画、建築、
建物が守られて来ているが、その様な町だからこそ、近代美術について、推進
する必要がある
ト、考える>。
カーメルがそうである様に、。
美術館創らないとダメですーと思います。
吉野山ー桜開花の時期は凄い人である。
最近、良い店が新築され始めた、やはり、南朝が吉野に在ったせいであるのか
雅びやかである。今はどうなのだろうかー
明日ーいってみよう。
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by Ynaggie | 2007-07-02 23:17 | Diary


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