写真家 永坂嘉光       大阪芸術大学教授
by Ynaggie
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1948年、和歌山県高野山生れ。大阪芸術大学芸術学部卒業。1970年頃から故郷高野山をライフワークに撮影をはじめ、宗教と文化をテーマに日本各地やインド、ブータン、スリランカなどアジア各国を取材する。現在、大阪芸術大学写真学科教授。主な写真集に『高野山』(毎日新聞社、1980)、『弘法大師の足跡』(同朋舎、1984)、『高野山千年』(ぎょうせい、1989)、『永遠の宇宙 高野山』(小学館、2001)などがあり、とんぼの本シリーズにも『巡礼高野山』(1990)がある。2002年、東京写真文化館で個展「永遠の宇宙」、同年、アメリカ、ウェストン・ギャラリーで個展「Echoes of the Spirit」を開催。2004年、日本写真芸術学会芸術賞受賞。2007年、社団法人日本写真協会作家賞受賞。
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30日オープン
いよいよ、明日『聖なる山々』が始まる
13時に、世紀の大阿闍梨・中川善教氏、直伝の声明が披露される。
これは、必観ーです。
平和の為に祈り、単なるショーではない、事を前提としている。
15時から、お茶会であります。
関東からや、近畿一円.多くの方々が参集致します。
雨を吹き飛ばし、盛会に終わるでしょう。
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by Ynaggie | 2007-06-29 23:48 | Diary
展示確認、他
今、僕の周りは忙しいらしい、白川先生の豪華版を図録並みのスピード
で、やっているコニシさん、しょう・・のさん、
私も今日は大学で作家論で、岩宮武ニ、植田正治ー有野永霧各先生を紹介
それから、読売新聞による就職説明会等・・・。
しかし、まだ、奈良市美術館の私の作品展準備は終わって無い、
ゼミでは校外撮影であったら、みんな搬入を見て勉強したい、
と言ったので、一路奈良へ(芸大から90分)3時についてから
作業が出来た。
出品枚数ー70作品が、84作品に増していた。
その分だけ、タイトルがなかった。
それを書き、・・・ また今から書く所です。
30日は雨にならない様に
願うのみ、せっかくの声明が参加が少ないと、残念な結果になります。
皆様、お誘いあわせて、御参加下さい。
 正真正銘の・・・本流の声明をお聞きください。
 
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by Ynaggie | 2007-06-28 21:02 | Diary
展示の様子・他
1日目
美術館に行く。
入江先生の作品が、展示寸前の様子をみながら、我が展示場所に行く。
入江先生の作品と、その額装というか、その迫力が伝わって来る。
圧巻っである。
あー私のは額もへぼい、、しなしなの額、そろっていない、サイズ.
と、展示寸前から、・???である
入江先生作品ははすべて万全だから、よけいにショックだ。
今回は、入江先生より、広い場所を提供していただている、
私は、タイトルもキャプションも、販売するものも、何も出来ていな
かった。
時間がなかった、といっても、半年前からわかっていたのだー。
後、4日でオープンである。
ケースなしで、クッションなしで、包んだ写真を出す。
芸大の大学院生が来てくれた、心のささえになったのか、
ぶっ飛ばしたー。
お昼のソーメンを頂いた後、もう歩けなくなった。が
大学院生が、大丈夫・?と言ってくれた。
夕刻になると、写真のレイアウトが出来た。
学芸員がーワ−よく成りましたねー。と言ってくれた。
そして、本日2日目は、ライトあてである。ゼミ学生を連れていった。

ライトの照度をおとし、全部ライトの方向をやり直しした。
若い学芸員は長いはしごをおりたり、あがったり、30分の間
50回以上はくり返してくれた、
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by Ynaggie | 2007-06-28 01:54 | Diary
展示
明日は、いよいよ展示である、
準備はほとんど、出来ていない、今までの経験で
何とか良い展示をしたい。
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by Ynaggie | 2007-06-26 00:45 | Diary
入江泰吉
本日は作家論で入江泰吉氏のビデオを放映した。
大阪芸大は大阪の南にあるので奈良は近いが、かつて
入江泰吉は大阪芸大の前時代の(浪速芸術大学)折に
週1日、教壇に立っていた...それをビデオを見たが、
学生は本当に熱心の様子が写されていた。
今、若い方で入江泰吉を知る人は少ない。
デジタル写真時代が、写真の原点を隠しているのだー。
私は全員に美術館に行くように招待券を配付した。
関西の写真家は以前強かった、岩宮武ニ、入江泰吉、浅野喜一、
他、重鎮が沢山いた、そして、大阪芸大に写真学科が誕生した
今は、関西に以前の様な写真家はいない、それで、じりじり
写真熱はさめているのであろうか?東京の著名な先生が教授
に来ているが、その効果は少ない、やはり、関西にしっかりした
写真家がいないと、今のデジタル時代に、写真の原点は隠されて
しまう。
今の大学若い方や同僚の方々はどうなのか・
私も含めて、事務仕事が増して来て。まだ、20代の頃の仕事を
しているようである。つい5年前まで、実習の準備をしていたが、
最近はイベントが盛りたくさんで、イベントの為の
金銭の多額の立て変え等もある。
入江泰吉氏がいたら、氏にこんな事も押し付けたであろうか・
世はデジタル表現時代、風景作家等は時代遅れとする風潮である。
入江泰吉・岩宮武ニ、関西の巨匠を振り返ろう。
過去を振り返り現代を考える事が必要であるので、なにが伝統や
と、平気で言う中年の教員がいる。
人、それぞれであるが、決して過去を否定出来ないと思う。
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by Ynaggie | 2007-06-22 03:00 | Diary
聖なる山々
 聖なる山々ー永坂嘉光作品展ー
 入江泰吉記念ー  奈良市写真美術館主催
 協力は、小学館、富士写真フイルムの他
 大阪芸術大学・高野山大学・
 ノーリツ綱機です。
 協賛は築野食品と言いまして、高野山の山麓の米油の
 会社です。 
 6/30は、午後1から、
 中川善教師が伝道されたと言われる、8名の僧侶の名声明を展開する。
 中川先生とは、終生独身で僧侶の精神を貫いた先生
 高野山大学学長も勤められた名僧ー
 私の初の海外取材(ヒマラヤ山麓の密教の実態)には氏が
 3カ月の全行程を共にしたのが、思い出されます。(1979年)
 6名のパーティであった。(その頃は大学は研究が第一であった)
 声明が終わると、私の写真の解説ー30分ぐらいー
 そして、講座室でお茶パーテイとなります。午後3時頃です。
 美術館は飲食する場ではないので、お茶で乾杯です。
 是非、お茶を飲みに御参加をお願い致します。
  奈良市写真美術館は奈良講演にあり、新薬師寺の近くです。
  近鉄、奈良駅が近い。
  電話ー0742ー22ー9811です。
 
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by Ynaggie | 2007-06-17 23:47 | Diary
美術館写真選定
今日は美術館の個展に出す為に、写真サイズと選定を行った。
120X90サイズ、140X120のサイズの、銀塩とデジタル、
を見た。銀塩でも、RPプリントと、高価なクリスタルプリントが
ある。
クリスタルは制作から何年過ぎても、大変美しい。
しかし、RPプリントは保存が悪いと精彩がない感じであった。
やはり、本体は紙であるから、紙が退色するのだー、
デジタルはほとんど紙であるし、もともと広告物目的だから
色は長く持たせる必要がない、だからデジタルの大方は色が
変わる。
しかし、私のデジタルは、フッソ加工した、(値段の高い
プリント)永久に色が変わらないプリントである。
熱湯をかけてもOKである。
しかし、本物の色は銀塩です。
写真によってはデジタルでもいいやー。と言う作品もあった。
とにかく、今選定をしています。
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by Ynaggie | 2007-06-09 22:38 | Diary
縄文の輝き=熊野.推進
熊野には、紀元前創建と伝える玉置神社ー等、長い歴史のベールに包まれた、
場がある
そこには、縄文時代からの名残りの風習や神社があるー
名付けて、『縄文の輝き』ー または、奥深い木漏れ日が射す、山中を
さして、『縄文の光』 熊野とする?
玉置神社には、樹齢、3000年の神代杉がある。今は2007年であるから
紀元前から生きている大杉である。
また、新宮から、那智勝浦への山道には、正体不明の石組みがある。
熊野列石と呼ばれ、その昔神武天皇が...日本書紀の神武東征の折に熊野
先住民と戦うのであるが、その折に、築いた石組みではないかとも、言われ
ロマンあふれるストーリーを想像するのである。(高津地区)
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by Ynaggie | 2007-06-05 23:59 | Diary
白川義員世界百名瀑
5/31、
 巨匠、白川先生から、レターが届いていた。体調が悪く、6/1日の
表彰式はいけないかも知れないと、わざわざ連絡を頂いた。やはり、
一流人は違うなー丁寧だなーと感動した。私は御礼を申したく受賞の連絡
をしたのであった。
 白川先生の世界百名山のDVDを学生に見せたばかりで
。今、環境問題で人類の危機と言えばーその通り、連日の様に放送される
環境の異変、(また、最近犯罪の多い事)。人の心も疲れている様である。
『若い学生に、地球の素晴らしさ』『大切さ』をどうしても見せたかった
のである。
 6/1朝から銀座の数寄屋橋の富士フォトサロンの授賞者展に行く。
 14時に若い友人が来ると言うので待っていたが、中々来なかったが、
 やっと間にあった。笹川記念館に着くと、多くの方々が来られていた。
 以前の話であるが、
 僕は高野山の作品集をS.54年に毎日新聞社から刊行した後、
  (10年は自転車で山内を走りまくって撮影した。)(35、000円の豪華版)       生き詰まっていた頃、
  白川先生の聖書の世界を見て、勇気が湧いた、空海の足跡を追う決心をした。
  (その必要性を感じていた事は事実であった)農協からお金を借りての取材が
  始まったのである。
  ある、きっかけで、小学館に行った事が、青春の思い出でである、
  すずらん横町で夕食をしたり、小学館ビルの地下でカレーをよく
  食べた。今もその面影は今もある。
  写真原版の入った箱を風呂敷に包み伺った(S,55年頃)頃が懐かしい。
  実は(S,34年頃)中学1年の折に、1年間東京で下宿生活をした事があり
  東京が懐かしい気持ちであった。
  かったのである。(東京オリンピックの時期で、荻窪まで地下鉄が出来た
  時であった。
  
 

  
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by Ynaggie | 2007-06-03 01:52 | Diary


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