写真家 永坂嘉光       大阪芸術大学教授
by Ynaggie
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1948年、和歌山県高野山生れ。大阪芸術大学芸術学部卒業。1970年頃から故郷高野山をライフワークに撮影をはじめ、宗教と文化をテーマに日本各地やインド、ブータン、スリランカなどアジア各国を取材する。現在、大阪芸術大学写真学科教授。主な写真集に『高野山』(毎日新聞社、1980)、『弘法大師の足跡』(同朋舎、1984)、『高野山千年』(ぎょうせい、1989)、『永遠の宇宙 高野山』(小学館、2001)などがあり、とんぼの本シリーズにも『巡礼高野山』(1990)がある。2002年、東京写真文化館で個展「永遠の宇宙」、同年、アメリカ、ウェストン・ギャラリーで個展「Echoes of the Spirit」を開催。2004年、日本写真芸術学会芸術賞受賞。2007年、社団法人日本写真協会作家賞受賞。
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27年振り.
27年振り.講演会の印象(王貞治,長島茂雄.撮影して)
人との再開でこんな楽しく、充実したものはない。
私が始めて大学講師になった折に、彼が(氏が)はつらつとした、
学生であった頃。100名の学生の作品を見ていた。その中でひ
ときわ鋭い感覚、天性を持った学生がいた。私も講師に成り立て、
やみくもに、頑張った。おい、もっと写さないとだめだー若い私
は相当な課題を出した記憶もある。それに鍛えられたとも思うが?
 Mr,TOKOROの感覚をズート覚えていて、卒業後、雑誌等で活躍し
ている事は伝わり、よくやるなーと思っていた。 その活躍
は私の知らない世界での巨匠的存在。本日Mr TOKOROの講演会が開
催された。その講演会は私が担当、不思議だ、
27年前、卒業して、27年後母校で講演会。それまで、一度もあっ
ていないが、会うと昨日の様に、思えた。
 彼は講演会に力と熱がつい入り、20分時間超過しても、なお続いていた。
昼休みがなくなるので、私は無理に終わって頂いたのである。
 昔の思いでを語る
 学食のカツ丼はあるの?あの辛い芸大坂はあるが、坂上までバスがで
行くので坂は歩いて登れない(残念)と、語っていた。卒業後 27
年間で、イタリア、フランス、ドイツ、アメリカの雑誌の表紙等を担当し
続けた、その重さを強調することなく、学生時代を思わる表情であった。

天下の名監督.王貞治.長島茂雄さんを撮影の話。

各々2名の名監督の顔半分を手で隠して、1枚の作品にする予定であったが、
王監督は理解し、顔を半分隠していただき、いい場面を撮れた。
長島元監督は、理解を示し、いいよいいよ、と言ってくれたものの、
撮影になって、えー顔を半分隠すのーそれは写らないよー
いいえ、全体の構想がそうなんですーと説明し、再び撮影、手は出してくれたが
顔を隠したら、顔は写らないよー、で最後まで顔を半分手で隠してくれなかった。
残念ーこれで、全部おじやんだー。・・・・・・と思いながら撮影終了。
の、話が印象的であった。
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by Ynaggie | 2006-09-23 01:33 | Diary
写真講座ー状況を読む
良い写真を撮るー
ケネディ米大統領が暗殺された事は、知らない人はいないと思う。
ロバート、ケネディが暗殺される、瞬間を撮影した、日本人カメラマンが
証言。彼はロバートが危ない事を知っていた。
そして、この辺ではと、思った瞬間、カメラマンの眼前で倒れた、
おもわず、シャッターを切ったらしい。
 報道写真のすぐれた写真は、事前にその状況を読む事が大切だ、写真家も
ある物を写すーからー進んで、政治を読み、状況を読む、それが大事だ。
事件がおこり、通報を受け、撮影するのは、もはや、写真屋だ、
それが、普通であるかも知れないが、
被写体をよく知る、『織る』と言う事は必要だ。
そうでなければ、戦争に従軍した、写真家はあっと、言う間に爆死である。
計算違いで、爆死した著名カメラマン、余り慣れてしまうと散漫になる。
注意深い学者が、長い間インドに滞在してみると、慣れてしまう頃に
肝炎でやられる。短期の方は余り病気にはかからないー
抵抗力の差もあるが、 慣れはある意味で恐いものだー。
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by Ynaggie | 2006-09-20 22:06 | 写真技術伝授
写真講座ー2心
良い作品を撮る。
それは、被写体と心から向き会う。
    被写体を心から愛する。
それによって、よりを識る事となる。
そうなれば、自由自在に、良い場面を撮る事ができる。

 被写体が語りかけてくれるのだ。
 もうすぐ、葉っぱが落ちますよー
 明日は寒いから、朝7時頃には、私は散ります。
 私は幾度となく、今までその、ささやきを聞いただろうか。
 知らせてくれたのに、その、瞬間を写してあげられなく
 私は、教員と言う仕事もあるから、いつもいつも、いけなく
 残念ですが。2ー3日したら又来るよー。
 と、いってその場を後にした。 
 こんな、対話が被写体とできればー皆さん良い作品は
 出来ます。    
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by Ynaggie | 2006-09-19 21:46 | 写真技術伝授
スリランカ
この所、若き日の研究テーマーである、『仏教の南の流れ(小乗仏教
)スリカンカにいけなく、残念ー過去10数回も足を運んだが、どう
やら、大学の行事等や体力の問題や(500円のロゴハウスや、友人宅
の土間で雑魚寝をしたが、)その他、精神的な事がのしかかり『海外は
諦めたのであるが』心の中にあり、私の気持ちを代行し、熱望していた
ゼミ学生が独りで取材してくれた。女学生、独りで取材に行くので、知
り合いのスリカンカの僧侶を紹介ーその方は本当に親切にしてくれたら
しいが、スリカンカの僧侶は神聖なものと、信じていた彼女であるが、
馴れ馴れしくびっくりした、らしい。
予定滞在期間を大幅にオーバーして、やっと無事帰国した。私もホット
した。何かあったらと思っていたが、良かった。
スリカンカのも、世界文化遺産が2ー3あるが、内 戦 につぐ内戦、シン
ハリ人は仏教徒、生きた仏教の国として形にしたい、今、インドからその昔
移住してきた、タミール人が(ヒンズー教)と、戦いをしている、私が最
初訪れた時はゲリラの危険区域には入らない様に、ドラム缶と木の棒で、
パリケードをしていたが、(暑いので、見張りも昼寝)今は銃を持ち厳し
い警戒を予想する。
最初はスリカンカに学園を創る為に(高野山の三宝院様の発願)15年前
にスリカンカ政府の車で、猛烈なスピードで、スリランカを一周されたのが
始まりでした。
その後、津波で大くの方が犠牲になりー残念=今再び内線が起きてしまい
ました。しかし、スリカンカは、宝石、紅茶、ゴムの木の産地でもあり、
多くの方々が自分にあった、宝石を身につけています。私もこぶし大の
とれたての水晶をもらいました。また、月の涙と言う、宝石を山程持って
いましたが。今は手に入りません。私はだれかに、あげてしまいありません。
今になり、しまったと思っています。
スリランカの宝石磨きの友人が投げ合をしていた、大きな石が今は1億円
とか(キャッアイ)
時間は直ぐ過ぎてしまいます。
ではー次回は宝石の写真とその買い方(日本50/1の価格)ーを説明します
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by Ynaggie | 2006-09-19 00:19 | Diary
臓器移植支援お願い
台風が九州を襲っている、明日は上陸か、九州生まれで
大阪芸大写真学科卒の郷司正己さん(53歳)が、肝臓移植しないと
死に至る事がわかり、本人は諦め苦しんだあげく仲間が募金をつのり、
海外での移植を黙視し募金活動を始めた。
彼が、学生時代、高野山の大門の夕日の撮影に連れて行った事があります。
九州生まれの大変純真な学生でした。こんな方は長く生きてほしく思います。
仕事はドキュメント、カメラマンで、撮影地でいつ死にあっても仕方ない
厳しい仕事を続けられてきました。
是非、皆さんのお支援をお願い致します。
支援事務所ー03ー3563ー6128です。
http://happy.greater.jp/goji/index.htmlを御覧下さいませ。
私は本日、支援の会から、封書をいただき、勝手に皆様にお願いをしている次第です。
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by Ynaggie | 2006-09-17 01:21 | Diary
天界の道、
今日は4日ぶりに、高野山に帰った。
大学がはじまり、また激務がはじまる、その準備で帰れなかった。
肉体労働というより、職場での人間関係に気が擦れー胃を悪くする。
大学は生き残りをかけて、各々喘いでいる、芸大写真学科は残念ながら
昨年まで減少を続けた。もう下げ止まりであろう。
今の若い方は多くは映像をみて育った関係で、視角芸には興味がある
はずである(初代岩宮武ニは写真の世界で数々の名誉な賞を受賞し、カリスマ
が、あったから、写真学科の立ち上げには成功している)
しかし、現代は若い方が少ないのである。芸術で食べて行けるか、と言う所を
決めると(十分に食べていける)を、さらに写真学科も含めて人気が増すでしょう。
本日は、四国阿波大龍岳で45日以上、断食、座禅行を修し、白い神の光を感得した
全隆大師に、『天界の道』の作品集の第一刷を見てもらった、すごい光とほめていただき、また、蔵王権現がうまくとれて有り難い、本が小ぶりなのは、残念と言われ
ましたが、太鼓判を頂きました。
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by Ynaggie | 2006-09-16 22:09 | Diary
樹木
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  高野山では百日紅が満開
  見ごろです。
  さるすべり(百日紅)猿も滑る程、木の表面がつるつるしている。
  漢字では、百日紅となり、赤い実が永い間美しいからです。
  でも、せいぜい15日くらい、赤く美しい。
  高野山では、奥の院入口ーの寺院  清浄心院
        まん中、千手院近くの寺院ー普賢院
        大円院の表庭ー
        ゆうれい坂の遍照光院は素晴らしい。 
        昔、ここの道は半分川でした、かぶせて
        いますが、下は川、川の時代、よくバイク
        が、川に突っ込み、多くの方が怪我をしている。
        川から、霊がひっぱるのでした。近年では雪の日
        車が重文の門に突ッ込み、大変でした。
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by Ynaggie | 2006-09-10 22:33
基礎講座ー光ーRod
絵画でも、写真でも、描くもの(人、静物、風景)を照らし出す光を見つめる眼が基本
レンブラントの光を知っていますか。
まずーこの画家の・ レンブラントの光についてー調べて下さい。
  
 光の方向を知って下さいからー始めますー
 正面、側面、背面(後ろからの光)上面(昼間の太陽)下面(池の反射の光ー
ほらーお化けみたいになるでしょう)おおおまか5コとします。
 一つのものを、5つの光で見つめて下さい。
屋外で出来なければ、室内でZライトか、ペンライトで、見つめて下さい)
 光の方向で全然違うでしょう。わかりますか?
 サイドからの光は、立体感があろのがわかりますか?
 
 ここかあら、写真撮影、(絵画の場合は描き始める)が始まります。
 この基本からープロ用にいきなり、ワープいたします。
 5段階-UPした内容ですがー読んで下さい。
巨匠、アンセル、アダムスは超大型カメラを使用しています。
    分かり安くいうと、昔の箱カメラです。
    撮影のピントが合わせにくい、
    明るい場で、絞りを64まで絞ります。
    それには、私が良く撮影する時間帯では、(夕刻、夜間)
    は光が少ないです。
    それで、彼の授業では、昼間に海岸の石を撮ります。
    こんな時間で、石はからからに乾いているし、質感がないし
    写真にならないなーと、思っていました。
    しかし、次の日の暗室では、(プリント実習)
    質感のある、しっとりした、石になります。
    誠にー不思議ですねー。
    白黒は撮影とー暗室でー作品が出来ます。
   
    晴天の昼間−からからに乾いた石が
    暗室でーしっとりとした、石に変わります。
    決して、デジタルでは出来ません。
    人の手により、出来た芸術作品なのです。 
  では、また、4段階下がります。
    次に
    色彩の問題があります。
    白黒もあります。
    (写真は最初は白黒しかなかった)
    ではー次回の開講を期待して下さい。  
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by Ynaggie | 2006-09-10 09:47 | 写真技術伝授
世界密教者会議とセレモニー
高野山大学、松下講堂(新築、黎明館)世界の研究者の集い。
新しくオープンしたが松下講堂、密教芸術講演が開催された。
琵琶、琴、声明、他、素晴らしい音に感動した方々が聞き入っていた。 
残念であるのいは、凄い企画でだるが、900名のホールに200名ぐらい
の参加で寂しい感じがした。しかし今後このホールは高野山のメインになる
と、思った程、美しい。
私は、明日からある、学術発表会で発表でなく、
 作品展を開催する事に、なった。勢いあまっていたが、
壁がコンクリートで、作品を架ける事が出来ないので、大型作品を
木の箱の上に置き立て掛ける事にした。
1000X800ミリの大型2ー3枚と、8x10のポートフオリオ
20枚。
大形を見せるのは、写真集と同じだと作品展の意味がない。
また、それが、一般の写真好きの方のサイズとは違う方法で、
大形から来る迫力は、写真の良さをわかっていただく、良い機会
と、思った。これが、銀塩撮影で、絶対美しい。
明日が楽しみである。
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by Ynaggie | 2006-09-05 23:19


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