写真家 永坂嘉光       大阪芸術大学教授
by Ynaggie
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1948年、和歌山県高野山生れ。大阪芸術大学芸術学部卒業。1970年頃から故郷高野山をライフワークに撮影をはじめ、宗教と文化をテーマに日本各地やインド、ブータン、スリランカなどアジア各国を取材する。現在、大阪芸術大学写真学科教授。主な写真集に『高野山』(毎日新聞社、1980)、『弘法大師の足跡』(同朋舎、1984)、『高野山千年』(ぎょうせい、1989)、『永遠の宇宙 高野山』(小学館、2001)などがあり、とんぼの本シリーズにも『巡礼高野山』(1990)がある。2002年、東京写真文化館で個展「永遠の宇宙」、同年、アメリカ、ウェストン・ギャラリーで個展「Echoes of the Spirit」を開催。2004年、日本写真芸術学会芸術賞受賞。2007年、社団法人日本写真協会作家賞受賞。
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編集.入稿
8/28/29/30
編集、入稿
昨夜が遅くまで起きていたが、本日は東京で作品集の原稿入稿であった。
朝、5時間AM起床、7/26の新大阪発で上京する。
  担当者は、11時に東京駅丸の内北口にいくよーと言ってくれていま
  したが、早く着いたので、呆然と改札をでたら、大変親切な編集のチ
  ーフが、眼前に現れて下さり、びっくり、感激でした。
  さて、千代田線代々木公園まで、ここは都心ですが、緑が多く涼しい感
  じがしました。  ここの名物のーらせん階段ーを登り、12時からス
  タート。皆様真剣そのもの、笑う時間等無し。
    1時間はアット言う間に終わりました。
  デザインは、和の世界で、渋い味のある、サムラ様、サムライ様と言って
  いい感じです。
      すごい、切れるー本ができますー。 
  後、近くの茶店で、切れる編集の方と食事しながら、編集作業ーこの頃私は
   もう、寝不足で、頭が睡眠モード、(思考能力なし)ほとんど、親切な
   2方がしていただきました。
   10月下旬の刊行が楽しみであります。
    しかし、これから、2週間が本命、頑張ろう。
   撮影等ーここまで来るのが(2ー5年)の時間がかかるが、
   今が作家としての一番のいい時間です。(正月) 


  
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by Ynaggie | 2006-08-30 23:24
出会い
8/26  『天候との出会い』
昨日から、晴れ上がっている。
先日、風雨の中大普賢岳(約1800M)に登山したが、こんなに晴れた日
にスイスイと軽く頂きに登って見たい
しかし、今『天界の道』の作品集の解説を書いている。
あとー1日半しか時間が無い、...山に行きたい。
 私は大学勤務なので、撮影できなく、くやしい思いは、何万回もしていて
慣れているにしても、やはり残念である。
しかし、雨との『出会い』が、思わぬ名作を創らせたのだ、虹でもそうである
夏台風の時に、大雨が止むと、暑い太陽が照りつける、その狭間の時間に
虹が出た。
  人と人の『出合い』
私は、昨年の『空海の歩いた道』15万キロ(善通寺展と同時開催)の展示
の搬入で、若い善男.善女が手伝ってくれた。地方の都市であり、皆始めての
顔合せ、しかし、その方達が10月に結婚するとなり、案内が来た。
私は驚いたが、どんな所に『出合い』があるか、わからない?
 先日沖縄の方から、ブログに連絡あり、久しぶり、懐かしい、と思った
 あの方はグループで、学生時代高野山に来られたと、思い出した。
 長らく教員をしていて、多くの若い人との出合いは楽しいものであり、
 また、ある種の悩みもある。
 『幽霊との出会い』
 名古屋の方からも連絡あり、この方は、米国の死の谷(ディスバレー)で
 クリスマスに『幽霊』と出会いました。
 カメラは引き裂かれるわ、大変な『出合い』でした。これは独りで日が明けない
 内に砂丘を格好良くーバスを降りてー俺は砂丘に行くと・・登ったのです。
  サソリに射されないで良かったねー。
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by Ynaggie | 2006-08-26 08:38 | Diary
風雨の大普賢岳。.自然.社会
8/18日
 台風が九州に上陸すると言って、速度が遅く中々上陸しない、
 その様な天候の関係で私が撮影しようしている、大普賢岳は
 雨が続いている。この3ー4日霧で何も見えない。撮影が足踏
み状態。
 しかし、本日小雨の中、登山決行した。
 登山口には、全国の高等学校の登山部のパーティが4ー5グループ
 それぞれ登山していた。それにも触発されたのか、気が向いた。
 森の中を登山すると、多くの樹木が水を吸い上げ勢いを増していた。
 そのなかで、キラリと光る樹があった、全身ずぶぬれの樹木ー光って
 いた。
 これは、百日紅の木か、栗の木だ、表面がつるつるしているー空の光を
 受けて光沢をまし、生きている様であった、目的が違うのと、雨でカメ
 ラは出せなく撮影はしなかったが、すばらしい森の姿を見れた。
 大きな岩から生える樹木ー登山道が川になっり、谷に流れるー自然は素
 晴らしいー大峰ー奥駈の行は−自然を知り一体になる事だと痛感したの
 である。
 息をしていても、気持ちがいい、一切のCO2もないのだー
 今、町はCO2を出す機械の世界にいる、息苦しい。しかしここでは、雨
 であっても、風があってもー生き生きとしてくる。
 学生は写真の作り方の本ばかりー見ないで、実際に自然に親しみ溶け込
 むことこそ必要なのだー最近はほとんど、机の上の仕事で(パソコン)
 写真を創る事が主体的でー実際を知らずしてつくる学生と教える教師が
 多い事。
 しかし、それが時代なのでしょうか。
 私は、ゼミの学生一行が天川に来て、自然に親しんでいたが、これは私
 にとって救いであった。(天川は素晴らしいー是非行って下さいと話し
 ていた)
 私は今から、明日は雲の上に行くーいけなければーまた来ると学生と話
 した。 
 新聞記者がパソコンで創った画像を掲載していて問題になっていたが、
 全くひどい話である、世にものを伝える記者が『合成』するとは、
 もう世も『末』である。しかし、その合成写真をー それを信じる方が
 多いのがー救いでもある。
 『信じる」と言えばこの大普賢岳では、滑落者が多いのは事実だーしか
 し、そんなに危険ではないのに、滑落の謎はこの75靡の山々は1300
 年の信仰の歴史を持つ山々である。守り本尊が普賢様ですと言う方々や、
 難病の方、老体のむち打って登山する、若い方も当然登山するであろう、
 アルピニストからすると、丘と言う感じであろうが、登山に慣れない方々
 にとり、菩薩様に合い救われる旅でありー救われたいと言う登山であるの
 か。難病者や老人が疲れて足を踏みはずせば、大怪我をする事は間違いな
 しである。
  ここは、海抜約ー1800メータで、樹木が山頂きまで茂っているのでー
 体は快調になるのであろうー、かつて私は日本アルプスの2ー3000メ
 ータ級の山々を闊歩した、樹木がなく、ごつごつした、石の上を歩く脳髄
 までその振動が伝わる、ーそれに比べれば快適で癒される山である。
 やがて、山頂きに着くと、霧で真っ白で写す物は白の世界ーそれに強風ー
 私はー75靡の(奥駈道)を、撮りたいと思っていた。強風にあおられた
 樹木その間を縫ってー1300年の信仰の道が続くーその場面を写す事が
 出来た。もし、ここの今日こなければ、普通の道しか撮影出来なかったー
 雨であったがー奥駈道の厳しさを撮影する事が出来た。
 雨が激しくなって来たので−午後2時に撮影しながらー下山したー
 あんの錠ー私もー岩場の梯子を無事おりた瞬間に、ゆるんだ地盤で転倒し
 たが、回転レシーブで(昔バレーボールをしていた)難を逃れた。
 夕刻ー5時頃に登山口に着いたー雨が止んだ。

 

 
    


 
 
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by Ynaggie | 2006-08-19 08:26 | Diary
雲海
  朝、6時起床、予測が当たり、晴れているがもやがある、これは奥
高野が雲海だ 、しまった、雲海を写すには朝4時に行かないと、
  とにかく、奥高野 (高野−大峰道)に車が着くと、凄い雲海が広がって
  いた。眼下には、空海が高野山から大峰まで歩いたと言う、高野ー大峰
  街道の集落が谷間に見える、その上を雲海が絨緞の様に広がっていた、
  雲海には谷から湧き上がる雲海をよく見るが、今回の様に絨緞の様に一
  定の高度で広がるのは、珍しい。もう7時AMになってしまったが、
  20ー30枚撮影した。この出会いは余りないと、思い撮影した。
  次の日の朝、同じ場所に5時に来たが雲海は出なかった。
  昨日、到着が遅れたのが悔やまれる。
 
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by Ynaggie | 2006-08-14 18:19 | Diary
万灯会
 朝、6時起床、しまったと思った。
 今日は、精霊が帰って来る御盆である、朝11時過ぎに、
 塔婆を寺院に授かりに帰りました。
 そして墓掃除ー疲れてうたた寝している内、盆の壇を家族がしてくれていた。
 夜は万灯会−10万本のロウソクがささげられる。
 撮影も毎年の事なので、あまり意気が上がらなかったが、最後にいい所を見つけ撮れた、
 今までの頭がかたずぎた、雰囲気のある場面が撮れた、
 息子を案内して、のついでだったが、6x7のカメラで、撮っていると、息子も
 手伝いはじめた,いい作品が出来たと思いながら帰宅した。
 雨が降る感じがあるが、空には星がある、明日は雲海が奥高野に出るかも知れないと、思いながら帰宅。
 12PMに就床、
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by Ynaggie | 2006-08-13 23:57 | Diary
デジタルと人の手
 今日は天気予報で雨と雷の放送。
 朝起きてみると、晴れているではないか。雨は降らないと山カンで
 感じていたが、よし大普賢岳に登ろう、または、双門の滝の撮影と準備
 した、すると午後は雷、危ないと放送された、雨具の準備がないので止めた
 もう撮影フィルムがなかった、昨日の現像もださないと思い、現像所と
 大阪梅田、ヨドバシカメラまで、出かけた。
 2階のカメラ売り場に来た。フイルム売り場があった。かなり縮小されて
 いた縮小に、ちくしょうと思いながら、少し買ったら(5万円)やはり、
 フィルムは、高い、今ほとんどのカメラの関係がデジタルでフィルムはい
 らない、私の様に3日分のフイルム代金5万がいらないのだ。
 程度が悪いが安く早く見れるデジタルに走るのは、良く分かる。
 デジタルは、故障が多いし、画像が悪い、プロが使うのはもっての他や、
 と思うのであるがー手間がかからなくていいのでほとんどデジタルになって
 いる。
 人は、デジタルでないはずだー
 私は、10才の息子にデジタルカメラを買ってあげようと思った。
 息子はデジタルなんか、嫌い、嫌い、いらない、マニアルカメラがいい。
 と、言った。私は救われた気がした。
 人は体質的にデジタルは合わないのである、と思った。
 カメラの変わり、高島屋で美味しいアイスクリームを買って帰った。
 『人の手で創られた』アイスクリームに息子は喜んだ。

 熊野の陰陽の滝ー悠久の年月が作り出した自然の素晴らしい造形と光を
 私は思い出した。 
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by Ynaggie | 2006-08-12 21:07 | Diary
滝の神秘
 今日は昨日の滝をさらに完全に捕らえる為に、大型カメラ4x5で朝から撮
 影した。昨日と違い、光が滝に当たっている。凄い、
 光があたり、より立体的である。光の角度が刻々と変化すると同時に
 滝の表情も刻々と変化する。地底の美を岩の色が語っている
 黄土色。緑色、普通の滝ではみれない色がよく認識できて神秘的だ、
 私は夢中で撮影角度をさがした。 光の当たった滝の露光は難しい
 私はカラーリバーサルを使っているので、コントラストが強い、
 光の当たっている所と無い所が、多いと変な作品になる。
 特に光った白水と、暗部の岩の色の差は6絞り以上。
 まず、1秒でF45で撮影した。大型で12枚は撮影した。
 期待できる、撮影でした。明日の現像で美しく写っているかどうか、 
  『心臓が鼓動を覚えた』瞬間、明日は現像所は休み、残念。
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by Ynaggie | 2006-08-11 20:05 | Diary
自然の『かたち』
8/8日 9日フイルム選択、発送高野山帰還
8/10日
熊野へ出発
 陰陽の滝の撮影
 昼下がりの熊野についた、暑い、滝の登山口を探す。
 90分ぐらい、歩くのを覚悟していたが、最近整備され、約20分登山
 するだけで滝についた。
 谷間なので、もう滝は日陰であったが、思ったより、厳かであった。
 私は今日はロケハンと思っていたが、余りの素晴らしさに、6x7のカメ
 ラで構成を試みた。もう、足がぬれるといっておれない。
 三脚ともども、膝まで水につかりながら、熱写した。
 自然が創造した自然の『かたち』生きている様であった。
 その、生命感をどうすればでるか、と考えながら。
 森が暗くならない内に下山した。 
 熊野の海を見れる高台で海を観た。下山しながら、今夜の宿を探した、
 キヤンセル分の禁煙の部屋が安価であった。野宿覚悟であったが、
 しなくてよかった。
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by Ynaggie | 2006-08-10 21:02 | Diary
蔵王大権現
 今日は、吉野金峯山寺、重鎮の方々と小学館の編集責任者の方との御礼とお願いの話し合いでした。
 大変有意義な話し合いでした。詳細は脳裏にとどめ置き、
 ポイントは、わかり安く言うと、吉野金峯山寺の蔵王大権現と山形の蔵王の
(樹氷で有名)名の由来ー(役の行者が彫像した、蔵王大権現は全日本の山
 岳信仰の原点である事を語る一つの例である)
 その後、東京のビルの谷間での激務を続ける編集者に吉野周辺の空気を吸って頂きました、と言うか、私が車でぶっ飛ばしたというか。
 10月後半には、吉野金峯山寺であの蔵王大権現と会える、結縁灌頂があ
 ります。 4年に一度、是非権現様とあって縁を結んで下さい。  
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by Ynaggie | 2006-08-07 10:59 | Diary
2007年カレンダー
 今日は朝6時から、2007年のカレンダー用の作品選び。
 もう高野山専門のカレンダーが98年に刊行されて、8年になる、なんとか
 続いてきた。本年はそれをさらに促進しようと言う仲間がやってきた。
 年末までの短期間が販売の勝負。本年はどうなるか、と思案
 しながら、写真を発送した。
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by Ynaggie | 2006-08-06 13:07 | Diary


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