写真家 永坂嘉光       大阪芸術大学教授
by Ynaggie
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1948年、和歌山県高野山生れ。大阪芸術大学芸術学部卒業。1970年頃から故郷高野山をライフワークに撮影をはじめ、宗教と文化をテーマに日本各地やインド、ブータン、スリランカなどアジア各国を取材する。現在、大阪芸術大学写真学科教授。主な写真集に『高野山』(毎日新聞社、1980)、『弘法大師の足跡』(同朋舎、1984)、『高野山千年』(ぎょうせい、1989)、『永遠の宇宙 高野山』(小学館、2001)などがあり、とんぼの本シリーズにも『巡礼高野山』(1990)がある。2002年、東京写真文化館で個展「永遠の宇宙」、同年、アメリカ、ウェストン・ギャラリーで個展「Echoes of the Spirit」を開催。2004年、日本写真芸術学会芸術賞受賞。2007年、社団法人日本写真協会作家賞受賞。
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スリランカ
この所、若き日の研究テーマーである、『仏教の南の流れ(小乗仏教
)スリカンカにいけなく、残念ー過去10数回も足を運んだが、どう
やら、大学の行事等や体力の問題や(500円のロゴハウスや、友人宅
の土間で雑魚寝をしたが、)その他、精神的な事がのしかかり『海外は
諦めたのであるが』心の中にあり、私の気持ちを代行し、熱望していた
ゼミ学生が独りで取材してくれた。女学生、独りで取材に行くので、知
り合いのスリカンカの僧侶を紹介ーその方は本当に親切にしてくれたら
しいが、スリカンカの僧侶は神聖なものと、信じていた彼女であるが、
馴れ馴れしくびっくりした、らしい。
予定滞在期間を大幅にオーバーして、やっと無事帰国した。私もホット
した。何かあったらと思っていたが、良かった。
スリカンカのも、世界文化遺産が2ー3あるが、内 戦 につぐ内戦、シン
ハリ人は仏教徒、生きた仏教の国として形にしたい、今、インドからその昔
移住してきた、タミール人が(ヒンズー教)と、戦いをしている、私が最
初訪れた時はゲリラの危険区域には入らない様に、ドラム缶と木の棒で、
パリケードをしていたが、(暑いので、見張りも昼寝)今は銃を持ち厳し
い警戒を予想する。
最初はスリカンカに学園を創る為に(高野山の三宝院様の発願)15年前
にスリカンカ政府の車で、猛烈なスピードで、スリランカを一周されたのが
始まりでした。
その後、津波で大くの方が犠牲になりー残念=今再び内線が起きてしまい
ました。しかし、スリカンカは、宝石、紅茶、ゴムの木の産地でもあり、
多くの方々が自分にあった、宝石を身につけています。私もこぶし大の
とれたての水晶をもらいました。また、月の涙と言う、宝石を山程持って
いましたが。今は手に入りません。私はだれかに、あげてしまいありません。
今になり、しまったと思っています。
スリランカの宝石磨きの友人が投げ合をしていた、大きな石が今は1億円
とか(キャッアイ)
時間は直ぐ過ぎてしまいます。
ではー次回は宝石の写真とその買い方(日本50/1の価格)ーを説明します
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by Ynaggie | 2006-09-19 00:19 | Diary
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